
第五話
「お店は任せてきましたからしばらくは大丈夫です」
そう言って彼女は封書を手にして戻って来た
だが所在無げにそこへ立つものだから私の方がどうぞ座ってくださいと席を促す結果になった
お店とはこの場合階下の事でどうやらこの人が店のオーナーだったらしい
「インボイス・・」
「請求書じゃないかって販売主が」
封書は国内の定型とは違うサイズでもう充分に日に焼けている
そして中にはたった一枚の紙きれが入っていたが見出しに太字で INVOICE とタイプされていた
「エアメールってわけじゃないみたいですね」
封筒にはエアメールスタンプだったかあの赤と青の理髪店みたいなデザインはない
私は真横に腰掛けた彼女のなぜだか知らないが熱い視線を受けドギマギしながら続けた
「そしてこれ請求書というより送り状というか何々一式とかの明細と、あと・・何だこれ?」
「輸入と言っても国内最大級のイベントがあって・・」
「幕張とか?」
「まさにそれです。そこでこれの購入決めた時、なんか大事なものらしいってこの封筒渡されたんです」
「ええわかります。CAUTIONってあるから確かに大事な事っぽいけど・・」
「・・・?」
「え~と NOTICE とか、だからお知らせとかじゃなく。詳しくはないんですが少し強い意味だったような。ただ何に対して言ってるのかがちっとも」
封書を裏返したり光に翳したりとついつい無意味な行動をとる
「この下の部分は明細だと思うんだけどなぁ・・キャビネットとか書いてあるし。写真撮っていいですか?姉がビジネス英語詳しいので」
「持って行っていいですよ、私が持ってても。この際ちゃんと知りたいですし」
* * *
冬の冷たい風の中、私は紅茶の甘い香りを鼻腔に残して帰路に立つ
あれこれと考えながら葉の少ない生垣に沿って歩いた
折角の申し出だったが明細は預かるわけにはいかないと断った
なぜこんな事に、そしてああ、あの夢かと堂々巡りを繰り返し、そしてその都度同じ夢を共有しているからという理由に辿り着く
同じ夢を見ること自体有り得ない事だしそれ程特殊な夢でもあった
店のオーナーの彼女は言った
「彼女困ってるような気がして」
「彼女」とは初日あの店で私が見た女性、そして我々二人が共有する夢の主人公
そう私たち二人は途方に暮れる夢を、まるで渦中のその女(ひと)とシンクロするように見ているのだった
スマホに保存して持ち帰った画像にはminiature(ミニチュア)などの分かり切った単語が個数とともに並ぶだけで、本当はビジネス英語という事で姉に聞くにも何を聞けばいいのか分からなかった
そもそも事の次第など姉に話す気など初めからなく、ただ一つでもわからない単語を自分で紐解くだけだった
そんなつもりで画像フォルダーを開いた途端、思わずあっと声を上げた
「そうか!これか・・」
* * *
「キープ・・」
「そうそう、Keep a pair of pictures」
貰って帰ったショップカードを片手で弄びながら私は話をつづけた
こんなに早く電話することになるとは思わなかった
店では後片付けの頃合いか背後で食器の触れ合う音がする
「もう一枚絵があったんじゃないでしょうか、おそらく正面に掛けられた男性の絵と対になる絵が。きっとあの女性の絵が。よくわかりませんが取り敢えず一緒に飾ってくださいという意味にとれます」
「何だろう?二階のあのドールハウスにはもうあれ以上何も無かったと思う。明日にでも購入時の荷物確認してみます」
Keep a pair of pictures――――
赤で印字されたその文字はそこだけさらに色褪せていた
注意を促すためか他の文字よりひときわ大きく、そのせいもあって関連性を欠き逆に目立たない
英語ネイティブならまだしもスタンプの類にしか見えない結果になっていた
しかしこれこそがCAUTION(注意事項)の示す事に違いないと思われた
その夜私は夢を見ず、それはおそらく彼女も同じだろうと眠りの合間の虚ろな意識の中で考え続けた
* * *
「ごめんなさい。呼び出す形になってしまって」
「いいんですって、来るつもりだったんですから」
「でも今日はお店も・・」
「ま、とにかく見せてください」
あれから間もなく、サッドカフェにとっては定休日の今日、私たちは店から一ブロックだけ離れた彼女の店の倉庫に居た
「どうです?そうですよね?」
「あ~・・間違いない。この人だ」
都会とは言えこの辺には小さな畑もあり彼女の店や倉庫も土地の人ならではの事らしい
時間が早ければ鶏の鳴き声も聞こえてきそうだ
あのミニチュアドールハウスの規模からも想像できたが運搬の際の梱包がたぶん他のものより重厚で箱の四辺に薄い板があてられている
そのため箱は解体もせず倉庫に放置されていたようだがそのせいで封筒を一つ見落としていたらしい
そして中には我々二人の夢の主人公、私にとっては初日にカフェの二階で出会ったあの女性の小さいながらも額絵が収められていた
「そうですそうです、少し色が浅黒い。いつも夢の中でははっきりしなかったけどこうして見ると確かに彼女です」
カフェの若い女主人は私の言う事にいちいち大きく頷いた
「飾って済むことだとは思うんですけどずいぶんと仰々しく文章が添えられているものだから・・」
「参ったなこりゃ、さすがに今度は本職かな」
封筒の中には絵画とともに英文の手紙が添えられており、どうやら小冊子ほどの内容だ
「どうしましょうこれ・・壁に掛けられた絵は展示会の日にあった状態そのままであとは雰囲気で配置したんです。でもどう考えても・・」
あのミニチュアハウスの内部には階段に囲まれた吹き抜けの大広間が、そしてその階段を上がり切った壁に例の紳士の絵が掛けられていた
「ええ、あの対面の壁ですよね。僕もあそこしかないんじゃないかと」
* * *
彼女は店のメニューの仕込みが控えているという事でその日私は英文の手紙だけを受け取って別れた
実を言うと気持ちの上ではこのまま一緒に額絵を貼りに、つまりあのドールハウスの工作をというところだった
ミニチュアハウス工作に知識は無かったがどんなグルーを使うかなど作業自体は聞けば済むことだしそれに今日はジーンズ姿だ
だが結局は手を煩わすことになるしさすがに仕込みの邪魔は出来ない
それを残念に思う自分が滑稽で恥ずかしく、まるでそうする事で何かを覆い隠せるかのように、私は帰る道すがら何度も目を閉じそして苦笑した
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