SAD CAFE ドールハウスの憂鬱

サッドカフェのオーナー店員
サッドカフェのオーナー店員

第六話

それから三日、夢は続いた
小さいながらも実際に絵画を手に取り顔を拝見したせいか、夢の中の女性の顔は以前よりはっきりと伺えた
でも何故か困惑ぶりもより一段と前よりさらに困って見えた
私は店の彼女が忙しく工作の時間が取れないせいだろうと思ったし、あの日はやはり自分がやるべきだったかとも考えた
しかしたった三日しか経っていないというのにそうやって会いに行く口実を探しているように感じられ、そんな自分に私は私で困惑した



   *   *   *



「落ちちゃうんです夜の間に。くっつけてもくっつけても落ちちゃうの」

言い方がおかしくて笑ってしまった

「接着が甘いわけじゃなく?」
「基本は両面テープ、じゃなきゃ木工用ボンドとか、でも壁のクロスも手に入らなそうですし綺麗に剥がせるタイプのですよ」
「えっ、そんな簡単なの?」
「重いものじゃないですし剥がす方が大変なはずなのに」

ミニチュアじゃなくとも本来サイズのドールハウスはあるそうで例えば子供の背丈ぐらい
そういったものは日曜大工並みかもしれないけれど、特に今どきはホームセンターや100均で手に入る材料で十分と、彼女はそう話してくれた
だから落ちちゃうの意味が技術的な問題じゃない事はわかったし同時にそれが夢の女性の困惑ぶりに結びついた時、思わず自然と笑いがこぼれた

「でしょう?」

どうやら彼女にとってそれは初めから笑い話で、同調を求める視線がいたずらっぽく私の心をくすぐった



   *   *   *


「なあ頼むよ、串カツだか何だかは事後でいいだろ?やり取りはメールで出来るんだから先に訳してくれよ」
「そんなに簡単に言うならあんたにだって出来るんじゃないの」
「文語って言うの?英語にもあるのかな。堅苦しいっていうか昔風なんだよきっと」

絵を掛ける場所が違うのか、それとも何が違うのか、とにかくいよいよ翻訳が必要だった
どうやら全く手を付けていない姉に発破をかけた
「ちっ!」という絵文字のメールのあと、小一時間で返事が来た

「童話か何かに準(なぞら)えるような書き方になってるけど至ってシンプル、話はこうだ」

そう言うと通話に切り替えて話す姉はいよいよメール同様男勝りな口調で話し始めた



   *   *   *



「え?反対されてたんですか?」
「あの女性の浅黒い肌の色が例えばですがトルコ系なのかエジプト系なのか知らないけどその家柄的には反対されてたらしいんです」

英文の手紙はある貴族の物語、そしてこの家がそれをモデルに作られているという説明書きだった
しかしそれは数百年もの昔の話だし、小冊子ほどの手紙にしてもそれ自体がまるでおとぎの国のシロモノのように思えた

「貴族の館ってダウントン・アビーとか・・」
「もっとずっと中世よりじゃないかなこの話は。あのミニチュアハウスだって相当古そうだけどそれに比べれば最近だろうし、モチーフになってるその話はもう昔話の域なんじゃないかな」

私たち二人はサッドカフェの二階の奥まった場所にある今では定位置となったあの席に座り、どうしても剥がれ落ちちゃう小さな額絵をガラス天板テーブルの真ん中に置き、そして件(くだん)の家を横目で見ながら会話した

アルバイトだというご近所のご婦人が意味ありげな笑みを浮かべてごゆっくりと茶器を置いて行った

「主(あるじ)――――あのもう一方の絵の紳士の事だと思いますが彼が戦で家を空ける度に女性の方は館(やかた)内でちょっとした嫌がらせにあう。そして彼は大変な愛妻家だったそうですが戦から戻ってきては籠りがちの彼女を庇うように取り立てる」
「ただの素敵な・・素敵過ぎる話にしか」

話す私もそれを聞く彼女ももうとっくに笑っていたがそれを一体どう結びつけるのか、つまり壁に絵をくっつけても落ちちゃう事とそして何故未だに夢の中の彼女は困惑しているのかという事、それが目下の二人の議題だった
私は席を立ち改めて貴族の館を覗き込んだ
どう考えても彼女がいるべき場所はあそこしかないと階段上の壁の残された空間を眺めた

「あれ?ちょっと待てよ」

思い当たって上着をまさぐりスマホを取り出した

「電話ですか?」
「いえいえ、え~ともしかして・・」

あの日見出しに INVOICE と書かれた紙をここで撮影した
その時の写真を再び眺めた

「ペアになった絵があるらしいという事に気を取られてじゃあ見つけ出して飾らなきゃと思ったけど・・よく考えたらキープは保管かな」
「・・・?」
「こっちの紙は姉に翻訳してもらってないんですが例えばKeep the pictures in pairみたいにちゃんと一組セットにしとけよ、とかじゃなくて「一緒にしまっておけ」かなと。この送り状全体の文脈にもよるけど、あそっか、ダブルミーニングって事も」
「そういえばあの男性の絵だけは他の家具類と一緒にあって展示会で見た記憶で私飾ったの」
「すると本来は二枚ともあの物語風な手紙といっしょに封筒にあったのかもしれませんね」



   *   *   *


二つの絵を一緒に封筒にしまって以降、最初はそれで一件落着もう夢に見ることはなかった
でもそれじゃあ芸がないという事になった

「だって二人のお屋敷じゃない?」

彼女の遊び心であちらこちらと二枚の絵の配置を試みた
初めは再び夢を見てその都度私たちは模索した

「この人意地悪そうだから少し離してみましょ」
「彼女きっとただオロオロとしながら主人の帰りを待ったんだろうな」

私たちはそんな風にしてその実験を楽しみ、そして遂には二枚を離さず配置しさえすれば取り敢えず問題がないことを知った
そして心許無さそうに振舞いながらも優しく微笑む御夫人の、その淡く憂いのある表情のその意味をもちろん第一には夫と離れたくないとの想いからだっただろうが、しかしそれ以前のところで最早単純にそういう人なのだろうと私たち二人は結論付けていた
同時に私にとっては今目の前にいる女性、内面の快活さとは裏腹な儚げな印象のこの女(ひと)との対比の連続でもあったがいずれも私にとって素敵な存在に違いなかった

「とっても可憐な人だわ」

彼女はそう言って壁に掛けられた女性の絵を眺めた



   *   *   *



「で?」

私は姉と連れ立ち翻訳のお代として姉の要望する串カツの店にいた

「それで終わりさ、一件落着ってわけ」

洗練された店の雰囲気に加え一般客からはおまかせ以外のオーダーを取らない
それが店の上品さの演出に一役買っていたが同時にその事が店内に不要な喧噪を生まない効果も上げていた

「その彼女とは?」
「店には定期的に行くさ。二階が俺の特等席になってしまった」

駅の改札で別れ際、相変わらずの男口調で姉が言った

「まあイケイケの押せ押せだな」
「言うと思ったよ、彼女の事だろ?今更そんなつもりないって」

すると姉は勿体をつけるように振り向いて、そして少しの間をおいてこう言った

「あの英文の手紙にはこんな事も書いてあったぞ――――『これに関係し程よく対処するもの男女であれば結ばれる』と」

私は行き交う人混みの中、改札の奥へと消えていく姉を見送った
からかうなって――――
こころの中でその呟きは霧散して、ただ言葉を失い呆然と立ち尽くして


     了



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投稿者: satire.tokyo

古くに取得したドメイン名が乗り移り今では風刺画どころかハイパーアートさえ自称する老獪あなたの町の独居老人satire.tokyo

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